不動産売買契約書の中には最悪の事態を想定した条文がいくつか書かれており、万一それに該当することとなった場合、その条文に従って粛々と手続きすることになります。
そうした「最悪の事態」の中でもよく知られているのは「手付解除」です。
売買契約締結時に買主から売主に支払う手付金は法律上は「解約手付」と認識されており、契約を解除する際の罰金のような性格を持っています。
条文としては「買主が解除する場合は手付金を放棄し(売主に差し上げる)、売主が解除する場合は受領済みの手付金を買主に返還したうえで同額を買主に支払う(いわゆる手付倍返し)。」となっており、解除によって被る損害が大きくても小さくても、手付金相当額のやり取りによって解決しましょうという内容になっています。
私は長く不動産の仕事に携わってきましたが、この手付解除の経験は3回あります。これを多いと考えるか少ないと考えるか?個人的には何百件も契約しているのにもかかわらず、少なくて良かったと思っています。
1.時はバブル経済期。土地の価格が一晩で倍になるという異常事態。当時地価の上昇率日本一になった横浜市緑区で4800万円ほどの既存住宅の売買を成立させたのですが、引き渡しまでは半年ほどありました。
その間にも地価が高騰したため途中で売主から解除の申し出がありました。そうです。売主は手付金相当額を支払って解約してもなお、より高い価格で別の買主に売ることができたのです。確か6300万円ほどではなかったかと記憶しています。
売主からの手付解除は珍しいのではないでしょうか?
2.分譲していた新築建売住宅の契約を土曜日にしました。お客様も喜んでおられました。
週明けの月曜日に買主さんが出社したところ突然の転勤辞令が。「住宅を買うと転勤になる」とは不動産業界のことわざです。
わずか2日で手付解除ではお気の毒だったので手付金はお返しし、契約書に貼付した印紙代だけいただきました。(そのお客様には、その後別の分譲地を買っていただきました)
3.新築マンションを分譲していたとき、急いで契約しようとする独身女性がいました。一方で「契約解除になったときはどうなるのですか?」と質問してきます。
売主が宅建業者の場合、一定要件の場所で契約するとクーリングオフ(8日以内の契約の無条件解除の申し出)の対象となります。
女性が指定して来た契約場所は物件近くの喫茶店だったので、この場合クーリングオフが利用できます。(この段階でクーリングオフするつもりだなと感じていましたし、上司にも報告しました)
結局契約後6日目にクーリングオフの申し出があり解除となりました。いまだに何故あの女性がとりあえず契約だけをしたかったのか不明です。
このケースは厳密な意味で手付解除ではありませんが。
という程度で私には被害がないケースばかりですが、解除された一般の買主さんはショックだったと思いますし、もっと深刻な事例はたくさんあると思います。
契約書に調印するときはくれぐれも慎重になさってください。